ひとりのおうち時間

冷酷な人妻、不倫を続ける女などなど…割り切れない「人間くささ」を描き続けた脚本家・作家、向田邦子

飛行機事故で亡くなって35年経った今でも愛され続けている向田邦子。「昭和のほのぼのした家族の話でしょ?」としか思っていない人、もったいないですよ。

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「昭和のほのぼのした家族の話」だけじゃない。

私が初めて読んだ向田邦子の作品は、国語の教科書に載っていた「字のないはがき」。

そのため「向田邦子=昭和のほのぼのした家族の話」というイメージが強く、しばらくあまり興味を持っていませんでした。

が、その後本屋さんで見つけてふと読んでみると、面白い…!

文体はさらりと軽くて読みやすいのに、人間のダメな部分や恋愛でのすれ違い、女の生き方などが鋭く鮮やかに描かれていてどんどん惹き込まれてしまうのです。

まずは直木賞を受賞した「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」が収録されている短編集「思い出トランプ」から「かわうそ」と「りんごの皮」をご紹介します。

愛嬌たっぷりなのに冷酷な一面を持つ妻。そして、そんな妻を憎みきれない夫。(「思い出トランプ」より「かわうそ」)

愛嬌たっぷりで「かわうそ」そっくりの厚子は、病気の娘を置いてクラス会に出掛けたり、病に倒れた夫が大切にしている庭を潰す計画を立てるなど、冷酷な面も持っています。

しかし、単純な勧善懲悪ストーリーのように厚子に罰が下ることはなく、夫も厚子を最後まで憎みきれません。

果たして厚子は「いい人」なのか?「わるい人」なのか?

読み進めるごとに心がざわつき、なんとも割り切れない気持ちになります。

でも、その割り切れなさが「人間らしさ」なのかも…。

たったの14ページしかないのに魚の小骨のように心に宿題が残り、何度も何度も読み返してしまう作品です。

自分の生き方を曲げず、不倫や浪費を続ける時子。彼女はそんな自分をどう思っているのか?(「思い出トランプ」より「りんごの皮」)

「女の生き方」という面で考えさせられてしまうのは、「りんごの皮」です。

医師と不倫をしたり、自分が気に入れば身分不相応なほど高価な調度品でも手に入れてしまう時子。

自分の価値観を曲げない彼女の生き方が、いわゆるまっとうな生き方をしている弟と対比して描かれています。

自分のやりたいことが、世間的には良しとされていないことだったり、家族に反対されたりすることってありますよね…。

小さな例だと、好きな服を着ているときに「そういうの男ウケ悪いよ」と言われてイラッときたりとか。

おそらく時子は、虚勢を張った愚かな生き方をしていると自覚しつつも、「これが私の生き方だ!この生き方を貫くぞ!」という決意表明をしているのではないでしょうか。

これもいいい人わるい人だけでは片付けられない「人間くささ」に満ちた作品です。

「人間くささ」を書き続けた脚本家・作家、向田邦子

こんな「人間くささ」に溢れた魅力的な作品を残している向田邦子さんとは、どんな人物なのでしょうか。

向田邦子さんは、1929年生まれの脚本家・小説家。脚本では「寺内貫太郎一家」、エッセイでは「父の詫び状」が代表作に挙げられることが多いでしょうか。

1980年に直木賞を受賞しますが、翌年の1981年に飛行機事故に遭い、51歳の若さで亡くなってしまいました。

「思い出トランプ」で向田邦子さん自身に興味を持った方はぜひ、エッセイ集「父の詫び状」と、妹の和子さんの著書「向田邦子の恋文」も読んでみてください。

ユーモアあり、せつなさありのエッセイ集「父の詫び状」

裕福ではないのに、母親が自分にだけ鰻を食べさせてくれた話。

好物である海苔巻きの端っこを、父親に取られないよう気を揉んだ思い出。

来客時、自分が用意した果物とお客様のお土産のどちらか立派か、つい比べてしまう癖。

居酒屋のトイレにハンドバッグを落としてしまった話。

様々なエピソードが生命力たっぷりに描かれています。

大人になってからの話では、独身であることへの自虐的な表現や、バリバリ仕事をこなす女性ならではの清々しい空気感があったりして、「わかるわ…」と共感してしまうシーンがたくさんありました。

恋文がそのまま掲載されている「向田邦子の恋文」

こちらは実の妹の向田和子さんが向田邦子さんにの思い出を綴った本。
なんと手書きの恋文も掲載されています。

向田邦子さんは生涯独身でしたが、実は長年妻子ある男性と不倫関係にあり、しかもその男性が体調を崩してからは金銭的にも面倒を見ていたようです。

夜食を食べ過ぎてお腹を壊してしまった話をしたり、拗ねたり甘えたりと、向田邦子さんからの手紙はリラックスした明るいものばかり。

好きな人へのはちきれそうな思いが伝わってくる一方で、あえて明るく振る舞ったのかなあと深読みしてしまう部分も…。

そして、向田邦子さんの恋人は、突然自らの命を断ってしまいます。

その事実を知ってから小説やエッセイを読み返すと、以前とはまた違った印象を受けます。

さらに、文庫本の「向田和子の恋文」には、爆笑問題の太田光さんの文章が追加されているのも嬉しい!鋭い考察とともに、向田邦子さんへの愛情が伝わって微笑ましいほど。

太田さんって、文章になると途端にピュアでかわいらしくなっていいですよね。

本当に短くて読みやすいものばかりなので、ぜひ。

こうして書いてはみましたが、これでは向田邦子さんの魅力の1%も伝わっていない気がします…。

一部だけ引用してもあらすじだけ説明しても、全く良さが伝わらないレビュアー泣かせの恐ろしい人だということが今回よーくわかりました。

「人間くさい小説が読みたい」「女としての生き方に悩んでる」という方、ぜひ読んでみてください。

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