ひとりのお出かけ

東京の知られていない観光地?顔だけの大仏|上野大仏に会いにいく

CMでも話題に。悲しい歴史を持った顔だけの大仏さんが、上野にいるのです。その名も上野大仏。 東京観光!といったスポットではないけど、その絵ぢからが半端ないです。

東京の新しい観光スポットに推したい。顔だけの大仏、上野大仏。

どーん。大仏さんです。
大仏ってだいたい、大きくって顔を見上げる存在だと思うのですがこちらの大仏さんは、なんと顔だけ。
私たちの立った目線の高さくらいの先に、大仏さんのお顔があるのです。

上野大仏の悲しい過去

出典:www.tanken.com/daibutu.html

今では顔だけになってしまった大仏さんなのですが、その昔はきちんと体もついたいわゆる「スタンダード」な大仏でした。

作られたのは、1631年。とても古い時代のものなのです。

とにかく、歴史の中で相当被災している上野大仏。

① 寛永8年 越後村上藩主、堀直寄氏が 漆喰の釈迦如来坐像を建立する。
② 正保4年 地震により倒壊する。
③ 万治年間、遊行僧浄霊が 金銅像として再興する。
④ 元禄11年 公弁が大仏に 覆堂を建立する。
⑤ 天保12年 覆堂の火災により 大仏が損傷する。
⑥ 天保14年 堀直央氏の寄進で 大仏澱を修復する。
⑦ 安政2年 安政大地震により 頭部が損傷再び堀直央氏が 寄進により修復する。
⑧ 明治8年 上野公園の整備にともない 大仏殿を撤去する。
⑨ 大正12年 関東大震災により 頭部が落下解体除去して寛永寺が保管し 資金の目処が立たず再建を断念する。
⑩ 昭和15年 軍需金属資源として 顔面部を残し供出され消滅する。
⑪ 昭和42年 関東大震災の50回忌にあたり,上野観光連盟が願主となりパコダを建立する。
⑫ 昭和47年 寛永寺に保管の顔面部を レリーフとして安置する。

引用:上野大仏
http://www2.tba.t-com.ne.jp/sakuramomo/index2.html

顔だけになってしまったのは、関東大震災と太平洋戦争がきっかけ

出典:www.tanken.com/daibutu.html

幾度となく被災、崩壊、再建を繰り返してきた大仏さんですが、関東大震災で頭部が落下。
見事に顔部分だけなくなってしまっています。

再建を待つ間に、太平洋戦争が来てしまい胴体部分は軍需金属資源として、顔面部を残し供出され消滅してしまったそう。
なんとも不遇の歴史・・・。

逆に、上野大仏はもう「落ちない」からご利益が

「顔だけ」になった上野大仏を逆手にとる

出典:local

悲しい歴史が背景にはあるのですが・・・ 顔だけになってしまった今、「もうこれ以上落ちない」という理由で合格祈願の受験生が多く訪れるスポットに。

出典:local

絵馬も、なかなかの渋さでほとんどが合格祈願のものとのこと。

どこか寂しげにも思えてきたその表情ですが、数々の受験生を「落とさない」として、上野大仏よりも合格大仏、の名前で知られることが多いとのこと。

行ったら写真を撮らずにはいられない…

あなたのタイムラインをざわつかせる、大仏さまのどアップ。
これはインパクト大!です。

横から見ると、鼻がすっと高いことにも気付きます。

この距離で大仏さまとご対面出来る機会もなかなかないので、頂けるパワー/ご利益もそれはすごいものがありそう。

上野のどこで会えるの?

東京都台東区上野恩賜公園内。
各線、上野駅から徒歩2分、地下鉄「上野御徒町」より徒歩5分。京成「京成上野」より徒歩1分。

上野でふらりと下車してみて、大仏さんと対面してみてはいかがでしょう。