ヒマつぶしコラム

【百人一首】 恋のうた 31字で伝える想い

藤原定家が選んだ百人一首。「命」と「恋」をキーワードに厳選。

今も昔も、大切な想い、特別な想いを手紙にしたためたことは変わりません。
一口にラブレターと言っても、ショートケーキみたいに甘くて幸せな内容だったり、焦げてしまったカラメルソースみたいに切なくてほろ苦い思い出だったり、様々ありますよね。

約1000年前のラブレターは現代とは一味違い、31字という制限の中に溢れる想いを閉じ込めたものでした。
この気持ちを表すにはどうしたらよいかと、人々は言葉を選りすぐり技法を凝らしたのです。

そんなラブレターでもあった和歌を集めた歌集で、最も有名なものは百人一首ではないでしょうか。
今回はその中から恋の歌を紹介します。
日本語でしか作りえない言葉ひとつひとつの美しさと想い、感じてみませんか。

小倉百人一首とは

鎌倉時代初期、1235年(文暦2年)に成立されたとされる小倉百人一首は、宇都宮頼綱の依頼を受けて藤原定家が選んだオムニバス形式の歌集です。当時の優れた歌人が綴る季節や恋の歌を一人一首ずつ、百人分集めたので“百人一首”というのです。
百人一首は、季節の歌38首と恋の歌43首、その他19首から構成されています。

現在では、かるたはもちろん漫画や小説の題材ともなっていますね。
さて、数ある優れた恋歌の中から厳選した和歌3つ、キーワードは「命」です。

【百人一首 厳選】恋のうた~3選~

命を懸けるほど夢中になれる恋、してみたいと思いますか。
人によって様々な回答が返ってくるでしょう。
百人一首が製作された当時は平均寿命が非常に短く、一説では女性27歳、男性35歳だったとか。流行り病や栄養失調が身近にあった彼・彼女らにとって死は恐ろしく、現代を生きる私たちよりはるかに身近なものだったでしょう。
それゆえに人々は情熱的な恋をし、たびたび「命」というワードを用いたのではないでしょうか。

「忘れじの」 

忘れじの 行く末(ゆくすゑ)までは 難(かた)ければ
今日(けふ)を限りの 命ともがな

儀同三司母(54番) 『新古今集』恋・1149

引用: http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/054.html

出典:peacock.tyabo.com/img/100/page11_051-055.html

【現代語訳】
「いつまでも君を忘れない」という言葉を貴方が、遠い将来までも変わらずくださるのは難しいでしょう。
だから、その言葉を聞いた今日を限りにこの命が尽きてしまえばいいのに。

作者の夫である藤原道隆が、作者・儀同三司母の元に通いはじめた頃に歌った歌です。
新婚であった時期に読まれたもので、作者の喜びと幸せが伝わってきます。また百人一首にしては珍しく、技巧に囚われないストレートな感情表現がなされ、後の歌人からは「本当に優しい歌」と評されました。

しかし一方で、平安時代の夫婦生活は「通い婚」といって男性が女性の元に通うのが慣習から「いつか夫が自分に飽いてしまって終わりが来るのだろう」という不安も拭えず。

甘くて優しい歌に一滴の不安が落とされた作品です。

「君がため」

君がため 惜しからざりし 命さへ
ながくもがなと 思ひけるかな

藤原義孝(50番) 『後拾遺集』恋二・669

引用: http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/050.html

出典:peacock.tyabo.com/img/100/page10_046-050.html

【現代語訳】
貴女のためなら捨てても惜しくはないと思っていた命でさえ、逢瀬を遂げた今となっては、貴女と逢うために一瞬でも長くありたいと思うようになってしまった。

 作者・藤原義孝(ふじわらのよしたか)は、18歳で正五位下・右少将となった上に、美男子で人柄も良いとされた人物でした。
この歌は、激しく恋した女性に想いが通じ、はじめて一夜を過ごした後の「後朝(きぬぎぬ)の歌」です。

政治的不安や疫病で殺伐としていた世の中、また自身も病に蝕まれていた中で、自分はいつ死んでも構わない、この恋のためなら命を捨ててもいいと思っていたのに、一度の逢瀬でいっそう想いがつのり、今度はこの女性を愛するためになるべく長く生きていたいと願う。
若者らしい素直で瑞々しい歌ですね。

しかし、その後作者は痘瘡(天然痘)にかかってわずか21歳の若さで死去。
経緯と合わせて読み返すと、今にも消えてしまいそうな儚く美しい歌に印象が変わります。

「忘らるる」

忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな

右近(38番) 『拾遺集』恋四・870

引用: http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/038.html

出典:peacock.tyabo.com/img/100/page08_036-040.html

【現代語訳】
忘れ去られる私の身はどうでもいい。
けれど、いつまでも愛すると神に誓ったあの人が、神罰が下って命を落とすことになるのが惜しまれてならないのです。  

作者である右近が、「君のことは忘れない」とさまざまな誓いを立てて愛してくれたにも関わらず自分のことを忘れてしまった男性に贈った歌です。
「私のことはいいのよ、でもね…」といい子を演じつつ執着心が捨てられない、悲しさも憎らしさも愛しさも混ぜたどろどろの水飴みたいな情が感じられます。

でもこの歌、解釈の仕方がもう一つ。
「私のこと捨てたのは別にいいのよ、ただ貴方が裏切った罰で死んでしまうのが悔やまれるだけで!」という皮肉のような啖呵のような意味ともとれます。こちらは女性の明るさと強さが印象付けられますね。

みなさんはどちらがお好みでしょうか。


耳に残ってしまう五・七・五のリズムと厳選された言葉の美しさが、遠い1000年先の私たちをも魅了する百人一首。
そして、当時の彼らがいかに恋に力を注いでいたのか、それが命と隣り合わせのものだったかが窺い知れます。
ひとつひとつ手紙を読むように丁寧に鑑賞していくのも素敵ですよね。
また大切な人へ想いを伝える時に彼らの言葉を借りるのも粋なのではないでしょうか。