ヒマつぶしコラム

江國香織『すみれの花の砂糖づけ』ちりばめられた静かな鼓動

『すみれの花の砂糖づけ』に見る、江國香織さんの紡ぐ言葉たち。誰もが「自分」を主役にして生きている毎日。自分の目線だったらどんなドラマを描くだろう?江國香織さんの詩をよんで、あなたの視線の先を少しだけ、ロマンチックにしてみて。

江國香織

1964年生まれ。作家・翻訳家。
1987年『草之丞の話』で童話作家としてデビュー。
2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』山本周五郎賞
2004年『号泣する準備はできていた』直木賞受賞など、数多くの受賞歴あり。

女性の心の機微を繊細でありながら鮮やかに表現することに長け、女性からの支持は高い江國さん。
日本語の使い方がとても綺麗で、どの描写も無駄のない文章構成が見事です。それ以上、どの言葉を省いても反対に加えても駄目という絶妙なバランス。それでいて、日本とは別の国の息吹を感じる作品も多数あります。
日常に潜むちょっとした狂気や違和感がとても上手に描かれ、その言葉選びに非凡なセンスを感じます。

今回は、そんな江國さんの小説ではなく詩集『すみれの花の砂糖づけ』の繊細な繊細な言葉から“女”を読み取ってみたいと思います。

詩集『すみれの花の砂糖づけ』

生まれてから死ぬまでの生活における“人”としての感情の起伏の中に、密やかに、でもありありと“女”が入り込んだ詩集。性というものを感じずにはいられない描写が巧み。誰かと私。私と私。家族と私。いろんな側面から切り込まれる言葉たち。娘・姉・妹・少女・女・妻・母・祖母、様々な顔をもつひとりの人間としての女。タイトルからも想像できるような甘やかな日々のできごとが詰まっています。特別なことなど何もないけれど、そうそう確かにこんなことを考える…。

わたし 私 わたくし あたし

どんな道だって、まっすぐ進みたいと思ったら進んでしまえそうな心持な時があります。わがままで独善的で誰にも分かってもらえないと感じる日。いつだって戻れる少女だった日。いつでも自分のドラマの主人公だった日。そんな雰囲気のある詩をピックアップしてみました。

『だれのものでもなかったあたし』

すみれの花の砂糖づけをたべると
私たちは少女にもどる
だれのものでもなかったあたし


『ふらふら』

ばかだね
あたしが犬なら
飼主はあたしにそう言うだろう
いいからここでお寝み
あたしが犬なら
飼主はあたしにそう言うだろう
でもあたしは犬じゃないので
そう言ってくれるひとをさがして
ふらふら
ふらふら
してしまう


『ちっとも変わっていないのだ』

もう どうでもいい
と、おもうことがある
男も
恋も
もう どうでもいい
遠い日、図書館の窓際の席で
そうおもったように
 
さわらないで
と、おもうことがある
誰も
なにも
あたしに近づいてほしくない
遠い日、裏庭のシーソーのそばで
そうおもったように

誰かのあたし

そして、次の日には誰かのものになりたくなる。所有物でありたいと願う私。本当はずっと自由なくせにあなたのものになりたいと考えたい日。それが演技と言われるならば女として本望です。それができない不器用な女もこの世にごまんといますが、でも気持ちは一緒。表現するかしないかの違い。私意外の誰かの存在を感じる、今度はそんな詩をピックアップしてみました。

『うしなう』

私をうしないたくない

あなたはいうけれど
私をうしなえるのは
あなただけよ
遠くにいかないでほしい

あなたはいうけれど
私を遠くにやれるのは
あなただけよ
びっくりしちゃうな
もしかしてあなた
私をうしないかけているの?


『誰かあのひとに』

誰かあのひとに
うばうならすべてうばえと教えてやって
手も足も髪もくちびるも
じん臓も肝臓もすい臓もひ臓も
声も首も血管のいっぽんいっぽんも
はだかでふるえているこどもも


『妻』

“妻”
そのばかげた言葉のひびき
これはほら
あれに似てる
“消しゴム”
ちょうど おなじくらいの言葉の重さ


『結婚生活』

反抗期の中学生と
生意気な小学生が
一緒に暮らしてるみたいだね
でも
あなたが泣けば
あたしは抱きしめてあげるし
あたしが何をしても
あなたはそばにいてくれるね


『また』

はてしのない場所にいた
草いっぽんはえていない
だれもいない
こころぼそい場所に

おとなになって
世の中は秩序立ち
緑豊かな涼しい場所で
私は仲間と安心を得た
それなのに、また
 
あなたに会って
こんなに遠くまで来てしまった
草いっぽんはえていない
こんなに荒れはてた
こんなさびしい
こんな茫々とひろがるはてしのない場所に
また


いかがでしたか?
江國香織さんの使う言葉たち。
日常に潜む甘ったるい感情のきらめきを感じませんか。
「寂しい」けど「触れないで」アンビバレンスな感情を持て余した、わがまま少女が今もあなたの心の公園で遊んでいるかもしれませんよ。
時々、顔をのぞかせたらこの本を思い出してみてください。